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2015年10月

楽しかった。

1勝5敗で負けまくった。

フレ戦のToTとマルチ楽しかった。

ちゃんこ食った。

頻尿なのでおしっこ20回行った。

1週間で20時間寝ていないってほどに忙しいのでオフレポ書けない。

トリプルこそ僕の主戦場なので
 いつかトリプルオフにも参戦したい。 

先日、有名配信者(動画投稿者?)が改造バレしちゃったようで
Twitterが盛り上がっておりました。 

無関係なのに野次馬となって一緒に盛り上がってた僕は
完全スルー されている穏便な方々と比べ、やはり荒れる話題好きなんだなと思いつつ…

こういう機会は「ものの考え方」を意識するきっかけになるので
正直嫌いではないです。 いえ、好きです。


さて本題ですが…
改造ってポケモン配信やポケモンを辞めなければ
ならないほど罪なことなの? 

って僕は感じています…。
とりあえずTwitterで誹謗中傷の的になって人格批判までされるほどの罪では無いのは確かです。


相手の見えないネットゲームであること…レートという公式の遊び場を利用していること…
ユーザー間でコンテンツを良化していくためにルール厳守は必須ですが、

「おい!なにやってんの!」って怒られて、ちゃんと謝って一時レートから排除、
しっかり反省すれば許してもらえ程度のものだと僕は思っています。


些細な事は許し合うこともコンテンツ良化に必要なんじゃないでしょうか?


けしてルール違反を容認するつもりではありませんが…

一度やってしまった罪を重大なことと捉えて人を追い込み傷つけるのは
彼のルール違反以上に罪なことではないでしょうか?


罪を憎んで人を憎まず、とポケモン勢には言いたいです。


今回ポケモン界隈の「改造」に対する攻撃性はあまりにも凄惨だな、と怖く感じたので
考えまとまっていないにもかかわらず今回の文章書きました。



ちなみに彼、フなんとか君を擁護する気が一切ありません。

他人の改造は強く批判し傷つけておきながら 、自分も改造をやっていた彼は
僕の考える最低のポケモントレーナーだと思えるからです。 

ついでに僕も改造は一切やることはないでしょう。そもそも準伝使うことがないのだから。



ポケモンを心から楽しむために自分はルール守って改造しないけど、
改造しちゃった人はちゃんと注意して、反省すれば許してあげる…
 
そんなこと、子供だって彼らの遊びの中でやってることですよね。

亀田3兄弟

割と好きでした。
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過去形なのは、長男が引退を発表したから。

印象の悪い彼らですが、血を吐くような努力していたのは間違いがなく、
才能も十二分にあったわけです。

 
僕は「世の中努力は 評価されず、才能が評価される」と思っています。
彼らが世間から嫌われていたのは、態度の悪さが大きな要因ですが、
もう一つ才能が届かなかったのも要因のひとつだと思います。


彼らの試合は意外にも華がなく、試合巧者である面が強く
才能を感じにくい内容でした。

実際、一番才能を感じさせてくれた三男は割りと好かれていたと思います。
(最も才能に劣って見えた次男は特に蔑まれていたような) 
ひねくれものの僕は、彼らの才能より努力を評価し、
結果を出してもらいたいと思っていたものです。 



長男の亀田興毅が引退し、事実上彼らの物語はこれで終幕へ至ることになります。 
時代の流れ、年月の経過を感じ寂しいのと同時に

改めて彼らのことを持て囃し、そして蔑んだ僕達一般世間の罪について考えさせられています。

 
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デザインってなんだろう

ってことを以前講義で学んだことがある。


(工学的な意味での)デザインとは「アイディアを生み出すこと」ではなく
「目的を実現する形を生み出すこと」だ、って感じのことを教わった。 

アイディアはその過程で生まれてくるものなんだって。


例えば、
鐙(あぶみ)っていう馬具。
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鐙が生まれる以前は、足の筋肉で無理やり馬を締め付けて身体を固定していたらしい。
背の高い馬への騎乗は難しく、乗馬自体が訓練した貴族だけの技術で(逆にそれがステータス)、
速度も出せないし、馬上で激しい動きも不可能だったわけ。

汗血馬に乗れた関羽や呂布はそれだけで凄いってこと。
(しょぼい武将はロバに乗ってるようなもん。そりゃ疾いわ。)
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実際には三国時代、鐙はまだ発明されていないとのこと。その100〜200年後ぐらい?


ところが鐙たったひとつの発明で、
大型馬への騎馬でさえ誰しもが少しの訓練で可能になり
それまでとは比較にならないスピードで駆けることが出来、
両手で武器を振り回しても(有効かどうかはさておき)大丈夫なぐらいの安定性を得たとのこと。


鐙という発明は、とんでもなく優れたデザインだということです。
むちゃくちゃアイディアマン!

僕の大好きな漫画ヒストリエの主人公もこれを思いつく描写あったけど、あれは創作話の模様。
あの漫画の中でも特に好きなエピソードのひとつ。

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でも、実際に鐙はヒストリエでの描写のような
「天啓のようなひらめき」で生まれたものではないと思う。 


どうすれば「一人で簡単に騎乗し、馬上で安定できるような道具はないか?」
という目的がまずあったはず。
目的を実現するための形を創造していく過程で
【両脇に踏み場を吊るす】という「アイディア」「閃き」が生まれたというはず。



いちおうポケモン中心のブログなんだからポケモンの話題にすると…

天才的な構築や見たことのないギミックだって、
閃きで生まれてくるものはあまり多くないということにつながってくる。


「どうすれば〇〇を対策できるのか」「どうやってこの技を活かそうか」
そういう目的がまずあって、そこにピースを当てはめていくことが
殆どの方々のパーティーメイキングのはず。

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http://blog.livedoor.jp/katushy/archives/30312520.html
かちゅーしゃさんのマークーダが生まれる理由の記事読んでも解るように
ヤバいギミックも「目的」があって初めて「アイディア」が生まれてくる。

発明は99%の努力と1%の閃きって言葉もそう。


何を実現したいのか、どうやって実現するのか、
地道な推考を重ねた結果に「とんでもないアイディア」が生まれてくるんだと僕は思う。
 
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オロナイン

僕は慢性的な下痢体質。


下痢ってのは 肛門には非常に負担がかかるんです。
下痢が続くとめっちゃヒリヒリすんだよね。 

そこでオロナイン。
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僕の部屋にはオロナインが常備されています。 
おしりがヒリヒリしたら一人マンぐり返しの格好で
肛門にオロナインを塗るわけです。


僕んちのオロナインは、9割方肛門にしか使われ無い。
日本全国の中でも極めてかなり不幸なオロナインだと思う今日このごろです。
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優しい系HipHop

僕はだいぶマイナーな音楽を好んで聞いています。
マイナーと言えばまだましですが、
殆ど「気持ち悪い方面の音楽を」といったほうが正しいかもしれません。


アンダーグラウンドHioHopとか…ポエムラップとか…
そんなふうに表現すればよいのか、非常にジャンル分けが難しく曖昧な、
中二病精神あふれるHipHop系統のマイナージャンルを好んでいます。


「好きな音楽ある?」と聞かれるのがすごく苦手です…
「北海道系のHipHop」って言っても全く通じないし
聞いてもらっても感想は「気持ち悪いなこれ」だと目に見えてるからです。
毎回お茶を濁して「マイナー系のラップ」と答えていますが、反応は「?」な感じです。


でも同じジャンルを好きな人には
「ThaBlueHerbとかMICHITAとか北海道系のが好き」って言えば即理解していただき、

「アレはやべえよね、最高」と共感いただける
トリプルレートにも負けない超過疎環境なわけです。


  
 

んな感じのですね。


知らない人からは「気持ち悪い」「恥ずかしい」「お経みたい」って言われそうですが 、
そんな感想になってしまうことは僕も明確に理解しています。
でも僕ら好きな人達からすればとんでもなくヤバイ電子ドラッグみたいなもんなんです。 


この音楽、先ほど行ったように
「まだ誰も明確な定義付け・ジャンル付け出来ていない」 という音楽になっています。


そんでとある日のこと、友人とドライブしている最中に
僕のiPodからこっち系の音楽流れてきました。

極力メジャーな曲やインスト音楽onlyでプレイリスト組んで、
知らない人でも聴ける曲流してたんですが…たまにこういう曲も混ざってしまって

そしたらやっぱり感想は「これHipHopか?」「気持ち悪いな」だったわけです。

ただ、友人の口から思いもかけない言葉が…


「優しい系HipHopだな」



僕にとっては青天の霹靂でした。

優しい系HipHop。
初めて曲を聞いた友人が、僕も唸るほど納得するジャンル分けをしてしまったんです。

その表現が正しいかどうか…
ジャンル好きな方々にも理解してもらえるかどうか正直微妙なところですが
僕にとっては思ってもみない方向性の表現、かつ非常に収まりの良い定義付けだったわけです。

何より僕がこのジャンルを表現するときに「マイナー」だとか「気持ち悪い」とか
否定的・自虐的な言い方をすること無くジャンルを表現できる言葉だったんです。


身内がいくら考えても見つけ出せなかったことを部外者があっさりと表しちゃう…
そんなこと、この話以外でも多々ありそうです。

ポケモンでも、やっぱり過疎ルールは閉鎖的で変化の少ない環境になってしまうのは避けようのないことです。
でも村社会の外からの流れがなければ、何が悪いのか何が足りないのかさえ
見えない状況になってしまうんじゃないでしょうかね。

「如何にしてトリプルローテの新規参入を増やすか。」
トリプル勢ローテ勢だけで話してても難しいよなあ、
過疎ルールに全く興味のないシングルonlyの人たちの意見に答え有るかもしれないなあ、
そう思う今日このごろでした。


ちなみにこの記事は、読んでくれた人の中に奇跡的に同じジャンルで語れる人いれば良いなあ
という甘い期待を込めた記事になっております。

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リツイート

ワタルの記事が沢山RTされてる。今んとこ1000RT。
何を言っても「RTされまくって調子乗ってる」人になると思うので
ここでこっそり思ったこと書く。
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全く知らない人、全く趣向が違う人たちが、僕の知らないところでRTして拡散して行くことで…

僕の少ないフォロワーさん(100人ぐらい)に読んでもらうつもりで書いた記事が 
数万人の、本来発信したかったコミュニティとはうんと離れたコミュニティの方々に読んでもらう事になって…

もうあの記事は、僕のはじめに書こうと思った記事ではなくなってしまいました


けっしてマイナスなこと、悪い意味で言っているのではなく。 
なんだか不思議な感覚で面白いな、と。
 

知らない方々に「面白い」「深い」とほめていただいてとても嬉しく有るんだけど、
どこか「ふーん…そっかあ」って気持ちもあるわけです。


やっぱり僕は一番初めの気持ち、「フォロワーの人たちに面白いと言ってもらいたい」
って方がとても大事なことだと思うんです。 実際、フォロワーさんの反応のほうが数百倍嬉しいんです。 

知らない人たちに読まれている記事は、どこか心のなかで「僕の知らないとこの記事」になっていた気がします。
伝わる内容、受け取られる内容も、フォロワーさんとRTできた人では「違う」はずだと思います。



とはいえ僕も自意識がある人間で、RTされてる数も数なんで…
「一体どんな反応が?」「一体誰に読まれてるんだ?」
そういう色々反応がひじょーに気になって、エゴサーチしてみました。

知らないことは嫌だ、知っておきたい!という知りたがりが発生したわけです。


レッツ、エゴサーチ!検索、「けつばんレポート」と…


すると、僕の記事ツイートをRTする方以外に…

ご自身で僕の記事をツイートしていた方が、
なんと本家の僕を大幅に超える【1800RT】もされていました。


わあすごい!本当に僕の全く関係ないところで広がってた!
その時に僕は凄くホッとしました。 


その人がもし僕のRTをしていたら…2800RT!?勿体無い!?パクツイ氏ね!?

そうじゃないんですよね。

読んでくれる人にとっても、フォロワーさんにとっても
1000RTだろうが2800RTだろうが全然関係ないわけです。
もっというと、100RTだろうが5000RTだろうが読む人には同じ。
関係あるのは僕の自意識だけだったんです。

RT数欲しい!なんて自意識に囚われなければ
「ぼくの手から離れて勝手に拡散されてる」現状は、
非常に気が楽で他人事のようにワクワクできたんです。


そんなことに気付けて、
僕自身は、僕が見えているフォロワーさんだけ気にしてればいいんだと感じ、
ホッとしたというわけなんです。

知らないことは嫌だ、知っておきたい!というちょっと切迫した気持ちから
見えないなら知らなくていいや、関係ないや、に気持ちをシフトすることができ、
なんとなく、本来の記事が僕の手元に戻ってきた感じがします。
(そのあいだにも、本来の記事から分離した拡散記事は拡がっていくわけです。不思議で面白い!)


というわけで、今回の記事の知らない人の反応を必要以上に気にするのはもうやめようと思います。



ただやっぱり、拡散されてリアルの知り合いに見られないか
ちょっと怖かったりもしています。
この垢、のんびりポケモンするために作ったからね。


 
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しんみりした話題ばかりになってるな。

本当は

中日雑魚すぎ糞ワロタ(泣) 

とか

おっぱいは形が綺麗なものに限る。
ピンと張った形のためにはある程度大きさは必要。

とか書きたいのに。

ちょっと方向性を考えなきゃな。 

政治家さん

「こいつ馬鹿か?」「頭悪い」「何でこんなのもわからないの?」
 って感じの批判を頻繁に目にします。
 多くが政治家に対してのもの。

その多くが
無知ゆえの批判、理解が足りないがゆえの批判だったりするわけです。
「なんで全て細かく説明しないと理解しないの?自分で想像・判断しないの?民衆頭悪いの?」
って政治家サイドも感じていると思われます。 


ポケモン動画で例えたら(多分わかりにくい例え話) 

動画主「ここはこうやります。」


閲覧者「おいおい、こんな立ち回り、◯◯されたら終わりでしょ!」
   「にわかでしょ!もっと勉強してこい!」
    ↑批判


動画主「(判断材料あったんだけど、わかると思って説明省いてた…)
    (閲覧者って皆にわかなのかな?初心者向けにしきゃダメかな。)」


って感じ。


僕は世の中に馬鹿はいないと思っています。
(一部本当に愚かな方々はいらっしゃいますが、その方々と普段の生活で深く絡む不幸な出会いは滅多にないでしょう。) 

殆どの方は、自分の知識・経験と起きていることを照らしあわせて判断し、
(速度や深さに差があるとしても)自分なりの結論を考えだす力を持っているはずだと思います。


ただ、自分の見えているもの"だけ”で判断して、違う意見を否定してしまう方は
多くいらっしゃるようですし、僕自身もその一人だと思っています。


最近、この想いを強く感じる世の流れが起きています。
集団的自衛権のことです。
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さて、賛成反対どちらが正しいのでしょう。
僕には分かりません。
卑怯ですが、僕は「中立派」「意見のない人」の立場になっています。


残念な事に、賛成派も反対派も「こっちが正しい」「お前たちは間違っている」
と非常に攻撃的に自分の論理を振りかざしている気がします。


平和について話しているのに攻撃的になる。
とても悲しく皮肉的なことです。
賛成派も反対派も、間違いなく「平和って何か、深く重く捉え考えている」はずなのに。


社会の歩みを進めていくためには「何かを否定し」「何かを肯定する」ことが必要不可欠です。
意見に反対し、何かを犠牲にし、誰かの願いを捨てなければならないわけです。


とても寂しく、そして難解なことだと思いますが…


矢面に立ちながら、答えのない答えを決定しなければならない政治家さんは
けっして「愚か」でも「無知」でも「売国奴」でも無い、
社会を如何に良くするか真剣に考えている善意ある人たちなんだと、僕は感じているわけです。 

 
カテゴリ:
written by nunicchi

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