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カテゴリ:社会の話

亀田3兄弟

割と好きでした。
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過去形なのは、長男が引退を発表したから。

印象の悪い彼らですが、血を吐くような努力していたのは間違いがなく、
才能も十二分にあったわけです。

 
僕は「世の中努力は 評価されず、才能が評価される」と思っています。
彼らが世間から嫌われていたのは、態度の悪さが大きな要因ですが、
もう一つ才能が届かなかったのも要因のひとつだと思います。


彼らの試合は意外にも華がなく、試合巧者である面が強く
才能を感じにくい内容でした。

実際、一番才能を感じさせてくれた三男は割りと好かれていたと思います。
(最も才能に劣って見えた次男は特に蔑まれていたような) 
ひねくれものの僕は、彼らの才能より努力を評価し、
結果を出してもらいたいと思っていたものです。 



長男の亀田興毅が引退し、事実上彼らの物語はこれで終幕へ至ることになります。 
時代の流れ、年月の経過を感じ寂しいのと同時に

改めて彼らのことを持て囃し、そして蔑んだ僕達一般世間の罪について考えさせられています。

 

政治家さん

「こいつ馬鹿か?」「頭悪い」「何でこんなのもわからないの?」
 って感じの批判を頻繁に目にします。
 多くが政治家に対してのもの。

その多くが
無知ゆえの批判、理解が足りないがゆえの批判だったりするわけです。
「なんで全て細かく説明しないと理解しないの?自分で想像・判断しないの?民衆頭悪いの?」
って政治家サイドも感じていると思われます。 


ポケモン動画で例えたら(多分わかりにくい例え話) 

動画主「ここはこうやります。」


閲覧者「おいおい、こんな立ち回り、◯◯されたら終わりでしょ!」
   「にわかでしょ!もっと勉強してこい!」
    ↑批判


動画主「(判断材料あったんだけど、わかると思って説明省いてた…)
    (閲覧者って皆にわかなのかな?初心者向けにしきゃダメかな。)」


って感じ。


僕は世の中に馬鹿はいないと思っています。
(一部本当に愚かな方々はいらっしゃいますが、その方々と普段の生活で深く絡む不幸な出会いは滅多にないでしょう。) 

殆どの方は、自分の知識・経験と起きていることを照らしあわせて判断し、
(速度や深さに差があるとしても)自分なりの結論を考えだす力を持っているはずだと思います。


ただ、自分の見えているもの"だけ”で判断して、違う意見を否定してしまう方は
多くいらっしゃるようですし、僕自身もその一人だと思っています。


最近、この想いを強く感じる世の流れが起きています。
集団的自衛権のことです。
デモ


さて、賛成反対どちらが正しいのでしょう。
僕には分かりません。
卑怯ですが、僕は「中立派」「意見のない人」の立場になっています。


残念な事に、賛成派も反対派も「こっちが正しい」「お前たちは間違っている」
と非常に攻撃的に自分の論理を振りかざしている気がします。


平和について話しているのに攻撃的になる。
とても悲しく皮肉的なことです。
賛成派も反対派も、間違いなく「平和って何か、深く重く捉え考えている」はずなのに。


社会の歩みを進めていくためには「何かを否定し」「何かを肯定する」ことが必要不可欠です。
意見に反対し、何かを犠牲にし、誰かの願いを捨てなければならないわけです。


とても寂しく、そして難解なことだと思いますが…


矢面に立ちながら、答えのない答えを決定しなければならない政治家さんは
けっして「愚か」でも「無知」でも「売国奴」でも無い、
社会を如何に良くするか真剣に考えている善意ある人たちなんだと、僕は感じているわけです。 

 
written by nunicchi

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